亀の甲羅から竹までの旅

情報の伝達と交換を担ってきた媒体について理解するために、PDF元年の1997年から時代を遡る旅をしてみましょう。

まず、辿りついたのは生命らしきものが誕生した約40億年前の地球。DNAという巧妙な手段による遺伝情報の伝達は……と始めると“おいおい、そんなに遡ってどうする気だ!”というお叱りの集中攻撃にあいそうなので、時計を一気に進めると、ここは紀元前1400年頃の中国、殷の時代です。

何やらおじさんが、亀の甲羅のようなものに絵文字らしきものを彫っています。その横には牛か何かの大きな骨も積まれています。よく見ると、骨の方にも同じような絵文字が彫ってあるようです。骨はともかく、亀の甲羅の方はお土産になりそうなので、ひとつ買うことにしましょう。“おっさん、これなんぼ?”という問いかけに“%@&#$%*!”という返事。

通訳兼案内役の考古学者によれば、おじさんが彫っているのは神との対話のための言葉だそうで、一番古い絵文字と考えられている亀甲獣骨文字で記述しているのだそうです。おじさんは、神聖な占いの儀式に使うものだから売り物ではないと怒っているようですが、そこを何とか交渉してもらって取引き成立。値段を今日の為替レートで計算すると……何と52万3千円! そんな高いもの土産にできるか、ということで退散することにします。

次にやってきたのは、紀元前1250年頃のシナイ半島の山の中。髭をはやしたおじさんが、石の板を両手で高く掲げて何やら叫んでいます。威厳のあるおじさんの姿は絵になりそうなので、一緒に記念写真を撮らせてもらうことにしましょう。

声をかけた途端、我々の姿に驚いたおじさんの手から石板が滑り落ちて……岩に当たって少し欠けてしまったようです。ごめんごめん、と慰めてもおじさんは大粒の涙を流しながら天を仰いでいます。考古学者によると、このおじさんは迫害を逃れてエジプトを脱出したモーゼさんという人で、旅の途中に神から授かったという戒めを記したのがこの石板なのだそうです。まあちょっと欠けただけだからと言っても、モーゼさんは凄い勢いで“ΧΨ#&$£Υ*ΘΛ%!”

通訳してもらうと“せっかく書き記した11の戒めの最後のひとつの部分が壊れてなくなってしまった。どうしてくれる”とお怒りだそうです。バックアップはとっていなかったの?と尋ねると、この石板が唯一のコピーで、制作に何ヶ月もかかってやっと完成したばかり……という返事。

しかたがないので、11というのは半端な数で縁起が悪い。10の方が割り切れて覚えやすいし、昔から何とかの十戒と言うじゃないの。だからこのまま納品すれば大丈夫、と説得。それでもおじさんは何やらぶつぶつ言い続けていますが、放っておいて次の目的地に向かいましょう。

また中国に戻って、紀元前200年頃の漢の時代です。公務員風のおじさんが細い竹や木を麻紐のようなもので綴じています。それぞれ何やら墨で書いてあります。

どれどれ、達筆ですね。全部漢字です。考古学者の説明によると、これが竹簡木柵というもので、政府機関の文書などに広く使われていたそうです。何が書いてあるのか、おじさんに尋ねてみましょう。“是澁燻簇羣繚縒觀……”通訳してもらうと、九月末が決算なので仕事に追われて残業ばかり、おまけに給料は安いので女房には冷たくされ……と愚痴が延々と続く部分は

どうやら、時代が下るにつれて、情報を転写する媒体に工夫が凝らされ、手に入りやすく、記録しやすい材料になってきたようです。文字を記録する媒体として粘土板やパピルス、皮紙、絹布などが使われた地域や時代もあり、それぞれ興味は尽きません。しかし、時間がかかりそうなのでまたの機会に訪れることにして、一足飛びに紙の時代に突入することにしましょう。