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- 2025

顔の権利を売ってしまった!? と数年前に世間を騒がせたのは、認知症で俳優を引退したブルース・ウィリス。
これに対して、家族愛に溢れた行為だと手放しで称賛する者、ダイ・ハード新シリーズ登場に期待を寄せるファンなど、反応は概ね好意的でした。が、その一方で不安と懸念を抱いた人々もいました。俳優たちです。AIの進化によってデジタルツインが本人を凌ぐ表現をするようになったら、自分の存在理由さえ失われてしまう。そんな危機感に襲われるのも当然ですね。もっとも、この話は事実誤認で、ディープフェイク広告に彼自身が肖像権の使用許可を与えていたことから生じた誤解でした。ここではしかし、それが現実となった世界を夢想してみることにしましょう。
【続き】
まずは、くだんのCMの出来映えはどうでしょうか?
https://www.dailymotion.com/video/x83i85w
多少のぎこちなさはあるものの、顔はブルース・ウィリスそのものに見えますよね?
ロシアの通信会社「MegaFon(メガフォン)」が2021年に制作したこのCMでは、過去の出演作から収集したウィリスの顔と表情をAIに学習させ、別の人間の動きにマッピングしています。ネットに拡散されて物議を醸した著名人の偽映像も同様のディープフェイク技術を利用しています。
2020年代初めには全身をスキャンして本物と寸分の違いもないデジタルツインを誕生させるサービスも登場しました。https://youtu.be/oZ7zcnopMwA?feature=shared俳優やモデルにとってこれは、悪魔の囁きそのものでしょう。サイバー空間に住まうお前の分身は…歳をとらず…永遠の若さ…不老不死が…手に入る。現実的なメリットも計りしれません。宣伝活動やCM出演をデジタルツインに任せて本来の仕事に専念できる、引退してからもデジタルツインが稼ぎ続けてくれる、などなど。2020年代の後半には権利保護のための法整備も進み、無断使用される心配は減少します。
撮影現場の効率化とコスト削減
同じ頃、映画制作の現場には大きな変化が到来します。デジタルツインには休憩も食事もいらないうえに、どれほど危険なシーンでも演じられる。さらに、メイクや衣装、表情や動作さえ、ポストプロダクションで変更できるので、シーンの再撮影は不要になり撮影期間の大幅な短縮とコスト削減が進みます。2030年が近づく頃には、制作サイドの経済論理に押されて、デジタルツインのニーズは決定的な高まりを見せます。
かわりに実写映画は衰退
この頃すでにエキストラやスタントパーソンの多くは失職していますが、生身の俳優では困難なデジタルツインありきの超過激なアクションを多用する演出家が登場します。主要な場面ではデジタルツインが演じ、俳優本人が出るのは動きの少ないシーンのみという主従逆転状態の出現です。こうなると、今は仕事がある俳優も、明日は我が身です。もちろん反発の声が上がりますが、坂を転がり始めてしまった変化は止まりません。というのも、すでに映画は撮影するものではなく、デスクトップで作るものになっているからです。登場人物はデジタルツイン、背景はCGとなれば、もはや撮影は必要ありません。大手スタジオですら、撮影部門の縮小や、照明や音声といった現場スタッフの大量解雇に踏み切る始末。こうして、実写映画は急激にその数を減らしていきます。
成長は頭打ち
しかし、順調だったデジタルツインの成長も、わずか10年ほどで陰りが見えてきます。理由のひとつがデジタルツインの顔。時代とともに人気の顔のトレンドは変わるもの。ところが、デジタルツインはどれも“ひと昔前の顔”のままです。トレンディな新しい顔のデジタルツインを作ろうにも、スキャンさせてくれる俳優はもういません。
もうひとつの理由は、プロ顔負けの素人。サブスクサービスの誕生によって、デジタルツインは誰でも気軽に使えるものになっており、動画投稿サイトは一般人が作ったデジタルツイン映画で溢れ返っています。そうなってくると、こんな声が聞こえてきます。
「無料で面白い作品がいくらでも見られるのに、お金を払って映画を見る意味ある?」
結末は変えられる
はて、これがただの空想で終わるか、現実となるか。なるとしたらどこまで現実となるのか。答え合わせの時は、そう遠くなさそうです。しかし、空想とはいえこのままではあまりに夢がありませんよね。このへんで思い切ってテコ入れして、希望が見える結末で締めくくることにしましょう。
映画業界全体が斜陽となったそんな時、一本の映画が公開されます。デジタルツインを一切使わず、生身の俳優が演じ、自然光の元でカメラクルーが実際に撮影した完全実写映画です。
デジタルツインに飽きていた人にとっては懐かしく、俳優が演じる映画を見たことがない若者にとっては目新しい作品として口コミで広がり、場末の単館上映から全国へ拡大。かつてデジタルツインによって職を失った人々が作った映画が、デジタルツイン映画を興行収入で追い抜くという話題性も加わり、世界的なヒットとなります。
映画祭でも世界中が大注目。受賞に次ぐ受賞で会場の熱が最高潮に達したところで迎えた主演俳優の受賞スピーチが、さらなる話題を呼びます。その言葉は多くの映画人の胸を打ち、熱を失って久しい映画業界を奮い立たせるきっかけとなるのです。「多くの人に言われました。これからはデジタルツインの時代だ、人間の俳優は絶滅すると。そうかもしれません。でも、それは今日じゃない」
