PDF元年によせて - 今なぜPDF?

アメリカの国税局(IRS、Internal Revenue Service)は、税金の申告用紙のPDFファイルをWWWページから入手できるようにもしています(http://www.irs.gov/)。日本の源泉徴収による税制とは異なり、アメリカではすべての人が税金を申告しなければなりません。申告用紙をもらうために税務署に出向く代わりに、WWWページから簡単にダウンロードできるので、夜中でもいつでも、思い立ったときに心置きなく(!)税金の申告書類を書き始めることができるわけです。

WWWページでAcrobatを利用している例をいくつか見てきましたが、Acrobatは、WWWブラウザを拡張するアプリケーションというわけではありません。Acrobatは、いくつかのソフトウェアで構成された製品で、PDF形式の書類の作成と表示、プリントを行う総合的な環境を提供しています……というような説明だけなら単純ですが、Acrobat 3.0Jのパンフレットにあるように“あらゆるドキュメントが電子配信可能に”なるとか“新しいコミュニケーション手法”がもたらされるなどといわれると、なんのこっちゃい?と目が点になりそうです。

情報には必ず発信者と受信者が存在します。発信者が、印刷物をはじめとするさまざまな媒体に情報を載せて、受信者に送り届ける。これが、情報の伝達の基本的な姿です。このとき、情報を載せる各媒体が持つ特質である“ポータビリティ”が重要な要素となります。ポータビリティ(portability)を「可搬性」と訳してしまうと、単に離れた場所に物理的に運べるかどうかという性質のように思えてしまいますが、別の場所に運んだうえ、本来の目的に沿って利用できるかどうかという意味が含まれています。Adobe Acrobatの文書形式はPDF(Portable Document Format=ポータブルドキュメントフォーマット)と呼ばれています。これはPDFという形式の電子書類が、電子メディアのための論理的な媒体として高いレベルのポータビリティを実現しようとしているからです。

ここでいう“電子メディア”とはワープロ専用機や電子手帳などを含む広い意味でのコンピュータを指していますが、この電子メディアには共通の基盤が無いため、全般的にポータビリティが低いという問題があります。言い換えれば、コンピュータを使って情報を文書化したデータは特定のハードウェアやソフトウェアに依存することが多く、情報の受信者がそれを利用できないこともあるというわけです。

本来なら、終始一貫して“電子的”に配信・利用されるべき電子メディアの情報が、旧来からの物理的な情報媒体である“紙”に転写されて配信・利用されることが多いのも、これが理由です。つまり、電子メディアの情報のほとんどが紙というまったく電子的でない媒体に移されることによってやっとポータブルになり、広く配信・利用することが可能になるわけです。電子メディアにおいても情報伝達の要ともいうべき役割を担っている紙の代わりに、電子メディアに相応しい媒体となるべく登場したもの、それがPDFという文書形式です。 PDFは、電子メディアが待ち望んでいた共通の媒体、つまり電子メディアのための“電子的な紙”かもしれません。そしてAcrobatは、単一の共通基盤が無く混沌としている現在の電子メディアによる情報伝達を、PDFという電子的な紙を使うことによって、本来あるべき姿に変える機構だと考えることができます。

概念的な話が続いてしまいましたが、情報のポータビリティという考え方をキーワードにして、もっと具体的にAcrobatとPDFの本質に迫ることにしましょう。欧文の1バイト文字コードを扱うAcrobatはすでに数年前に登場して欧米ではかなり普及しているわけですが、初めての日本語版であるAcrobat 3.0Jがリリースされた1997年を(日本の)“PDF元年”と勝手に決めて、話を進めることにします。